「絵本のまち板橋」の板橋中央図書館と板橋区美術館が「世界の書棚シリーズ」を主催し、様々な国の絵本を中心に紹介しています。
第39回目はノルウェーが選ばれ、「ノルウェーの民話・物語・絵本・グラフィックノベルの世界とユニークな出版支援制度について」というお題で講演を行ったので、レポートしたいと思います。
いざ会場へ!
会場の板橋区中央図書館は、周りに公園があり、「こんな図書館が近所にあればいいな」と思うような空間です。入り口近くの図書館ホールには、あらかじめ送ったノルウェーの本や図書館所蔵の本が美しく並べられて、感動しました!徐々にお客さんたちが集まってきて、いよいよ講演が始まりました。

絵本
たくましい少女、女性たち
板橋区美術館の高木さんから講師紹介をしていただき、マイクをバトンタッチ。自己紹介、ノルウェーの基本データと話しを進めます。
今回、ジェンダー的視点を作品紹介に盛り込むことにしました。「たくましい少女、女性たち」が描かれた作品を選び、まずはノルウェー民話の紹介をします。
ノルウェー民話(Norske folkeeventyr)には思い入れがあります。
ノルウェーの大学留学中、講義で読んだ印象が鮮明であること、また北欧児童文学の翻訳家、故山内清子さんがノルウェー民話にこだわりを持たれていたことが原因でしょう。
民話や物語に頻出するkjerringa「おかみさん、おばさん」という単語を説明、そして“Kjerringa mot strømmen”『流れにさからうおかみさん』を紹介しました。
仲の悪い夫婦が、畑の収穫物を「刈る」か「切る」かという言葉遣いを巡って激しい口論。日頃から頑固なおかみさんを持て余していただんなさんは、なんと川に落下したおかみさんを殺してしまい、川下に遺体を探しに行くが見つからず、おかみさんは死後も自らの意志を貫いて・・・というすざましいストーリーです。
オスロ大学留学中に読み「なに、これ??」とかなりの衝撃を受けました。ですが、このKjerringa mot strømmenというタイトルは「我が道を行く、頑固、妥協をしない」というポジティブな意味の表現で使われるようになったのです。

民話
絵本の世界へ
絵本は全部で5冊をご紹介しましたが、その中から”Snill”『いい子』(2002年)を取り上げます。テキストはGro Dahle(グロー・ダーレ)、イラストはSvein Nyhus(スヴァイン・ニーフース)という『パパと怒り鬼ー話してごらん、だれかに』(大島かおり&青木順子訳、ひさかたチャイルド、2011年)のコンビです。

Snill いい子
主人公ルッシは勉強、身だしなみ、お行儀、どれも完璧。完璧すぎて、親や先生から目をかけてもらえません。授業中、手をあげても当ててもらえず、どんどん存在が薄くなり、ついには壁の中に入り込んでしまいます。さすがに先生がルッシの不在に気づき、たくさんの人がルッシを探します。壁の中から必死で訴えかけるルッシは、最後に「もう十分よ!」と叫び、壁をぶち破って出てきます。ぼさぼさの髪、汚れた顔や服になったルッシはようやく「いい子」の殻を打ち破ることができました。
こちらの作品はグロー・ダーレさんが、学校を訪問した際の観察が生かされています。女の子はいい子で手がかからない、騒ぎを起こす男の子の方が先生の注目を集める。これはノルウェーの学校現場で、長年、ジェンダー的視点から問題視されており、グロー・ダーレさんは見事に絵本で表現することに成功しました。

もう十分よ!
グラフィックノベル!
こちらのブログでも取り上げたTi kniver i hjertet『神さまに誓って』、そして同じ作者Nora Dåsnes(ノーラ・ドスネス)の”Ubesvart anrop“『不在着信』(2021年)の2作品を紹介しました。

Ubesvart anrop
不在着信
『不在着信』は、2011年7月22日にノルウェーを震撼させた77人が殺害されたテロ事件がモチーフになっています。主人公レベッカは高校に入る直前、オスロ中心地で起きた爆破テロが発生した際の音を聞き、煙を見ます。彼女の家族や友人が被害者になることはありませんでしたが、それ以降、テロを思い出すたびに目に映る風景が赤く変化し、PTSDを発症します。レベッカは、親友やボーイフレンドに癒され、助けられますが、いさかいが生じてしまい、66人が殺害されたウトヤ島へひとりで向かいます。

煙、音を体感したシーン
明るい『神さまに誓って』と異なり、全体的にモノトーンまたは不吉な赤色のシーンが印象的な同作のラストシーン。レベッカは高校レビュー(revy)の舞台に立ち、テロに対する思いを語り、「私たちではできるだけしっかりと支え合うことを願っている。誰も明日、何が起きるか分からないのだから。」と連帯を呼びかけます。テロの直接的な被害者でなくても、PTSDに苦しむことはあり得ることを描いた作品は、繊細な心理描写が読者の共感をつかみます。
2022年、北欧最高の文学賞である「北欧理事会文学賞」(YA部門)に輝きました。
YA小説とアクシデント
作品紹介の最後は、ブログで紹介したYA小説の”Du eneste”『ただ、あなただけ』(Hilde Hagerup、2025年)です。小説の一部を朗読しようとした際、思いがけず、こみ上げてくるものがあり、「すみません」と謝りつつ、聞き取りにくい涙声で朗読(になってなかったー)。今までこんな経験はなかったのですが、とても恥ずかしかったです。大いなる反省!
出版・作家・翻訳を支える試み
気を取り直して、ノルウェーが行っている様々な取り組みを紹介しました。
①本の買い取り制度(innkjøpsordninger)
小国ノルウェーの出版文化を守るため、国は「非商業的、クオリティが高い」と認めた本をジャンル別に買い取り、全国の公共図書館や学校図書館に送ります。
例えば「児童書&YA文学」では、ノンフィクションとフィクションで、1タイトルにつき2000部以上が買い取られています(2025年)。他にも翻訳書や漫画もあり、本の購入額は約9億円。
この制度の目的として、作家の収入を確保、また「売るのが難しい本」を出版する後押しなどがあります。北欧の図書館がご専門で多数の著者がある吉田右子先生によると「世界で唯一の制度」とのこと。
②文化のリュックサック(Den kulturelle skolesekken=DKS)
小中高生を対象に、地理的・経済的・社会的条件に関わらず「本物の芸術」に触れる機会を持たせる試み。演劇・音楽・文学・絵画などが体験できます。
文学では「作家訪問」やイラストレーターのライブイラストショーが挙げられます。子どもたちは本物の作家に会うことができ、また作家は作品作りのインスピレーションと収入が得ることが可能。2026年の予算は65億円、うち読書推進予算は8億円が割かれています。
③NORLA=ノルウェー海外文学普及協会
マイナーなノルウェー文学を海外に普及させるため、以下のような支援を行っています。
-ノルウェー語から翻訳された本の翻訳料助成
-絵本やグラフィックノベルなどの制作費助成
-セミナーや翻訳ワークショップの開催
-ノルウェーから作家招聘の渡航費助成
私自身、3冊の翻訳絵本にNORLAから翻訳料助成をいただきました。また2009年、2014年にノルウェーで開催された「翻訳者セミナー」に参加でき、グロー・ダーレさんとスヴァイン・ニーフースさんのプレゼンをきっかけに『パパと怒り鬼ー話してごらん、だれかに』の邦訳出版を決意します。

グロー・ダーレ@翻訳者セミナー
アンケートから
ありがたいことにアンケート回答に協力して下さる方が多く、また好意的なご感想が目立ち、講師は感涙でございます(涙)。いくつか抜粋しましょう。
★絵本のかわいさを期待して聴講したが、奥深いメッセージのこもった絵本の紹介が多く、良い意味で裏切られた。現代のノルウェーが理解できた。
★ノルウェーの絵本、グラフィックノベル、YA小説など幅広く知れてよかった。実際の絵本も手に取れて、欲しくなったものもありました。出版制度も知れてよかったです。
★ボローニャ絵本館のすばらしさに触れることもでき、板橋区にもビックリでした。青木氏の濃い内容にインスパイアされ、いろいろな本を読んでみたいと思っています。
一方、こんなご意見も。
★現代の子どもたちの置かれた状況はどこの国でも同じように感じる。問題をかかえた子ども達にどのように手渡したらよいか常に悩みがある。
講師補足:会場で読み聞かせや図書ボランティアをされている方々と少しお話しましたが、じっくりお話を伺いたいと思いました。

板橋区立中央図書館
いたばしボローニャ絵本館
謝辞 Tusen takk!
最初にご依頼をいただいてから、当日まで板橋区立美術館ならびに中央図書館のスタッフの皆さまには大変、お世話になりました。
「絵本のまち板橋」と自称されるだけのことはあり、スタッフの方々が絵本をはじめ子どもの本や文学に造詣が深く、貴重な講演会に登壇できたことが幸せです。
またPPTに、ノルウェーの書籍画像使用を快諾して下さったノルウェーのエージェントにもTusen takk!
そして暑さの中、会場にお越し下さった皆さま、本当に感謝感謝です。Tusen takk!
最後に、今回の講師に私を推薦して下さったノルウェー大使館の中司洋子さんにお礼を申し上げます。先月、退官されましたが、言葉に尽くせぬほどお世話になりました!
日本ではまだまだ未知のノルウェーの文学に興味を持ってくださる方が一人でも増えますように、と祈る気持ちです。

Tusen takk!
紹介した本のリスト
★ノルウェー民話
Kjerringa mot strømmen『流れに逆らうおかみさん』(『太陽の東 月の西』収録、アスビョルンセン編、佐藤俊彦訳、岩波少年文庫、1985年)
Mannen som skulle stelle hjemme『しごとをとりかえただんなさん』(W.ウィースナー絵、あきのしょういちろう訳、童話館出版、2007年)
★物語
Kjerringa på camping『スプーンおばさんのゆかいな旅』(アルフ・プリョイセン作、大塚勇三訳、学研、1970年)
★絵本
Min bestemor strøk kongens skorter『王様のシャツにアイロンをかけたのはわたしのおばあちゃん』(Torill Kove, Capplen Damm, 2000年)
Livredd i Syden『バカンスでドッキリ』(Mari Kanstad Johnsen, Gyldendal,2013)
Snill『いい子』(Gro Dahle文、Svein Nyhus絵、Cappelen Damm, 2002年)
Krigen『戦争』(Gro Dahle文、Kaia Dahle Nyhus絵、Cappelen Damm, 2013年)
Tråder『わたしの糸』(トーリル・コーヴェ作、青木順子訳、西村書店、2019年)
★グラフィックノベル
Ti kniver i hjertet『神さまに誓って』(Nora Dåsnes作、Aschehoug、2020年)
Ubesvart anrop『不在着信』(Nora Dåsnes作、Aschehoug、2021年)
★YA小説
Du eneste『ただ、あなただけ』(Hilde Haugerup,Gydendal, 2025年)







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