2025年、ノルウェー最も権威がある文学賞であるブラーゲ賞YA部門に『ただ、あなただけ』(”Du eneste“)が輝きました。
その本のあらすじを読んで、古い記憶が蘇ってきました。本書と私の個人的な関りから振り返ってみましょう。
オスロ大学留学時代に感じた疑問
後期の講義でした。ノルウェー文学史とともに代表的な作家や作品を学ぶ日々が過ぎていきます。その中でGunvor Hofmo(グンヴォル・ホフモー)という戦後を代表する女性詩人の作品を読みました。1946年に発表された詩集”Jeg vil hjem til menneskene“「人間の家に帰りたい」から”Det er ingen hverdag mer”「もはや日常は存在しない」を引用します。
Gud, hvis du ennå ser:
det er ingen hverdag mer.
Det er bare stumme skrik,
det er bare sorte lik
「神よ、まだ目が見えるのであれば
もはや、日常は存在しない
あるのはただ、無言の叫び
あるのはただ、黒焦げの死体」
ホフモーの詩とともに先生が語ったエピソードがあります。グンヴォル・ホフモーには、戦争中、ユダヤ人の親友がいた。ただ彼女はアウシュビッツで殺されてしまい、ホフモーは絶望。戦後、精神科病棟に長期入院、そして退院後も引きこもり生活を送ったとのこと。「親友を失くすことは悲しいことだけれども、そこまで精神的に追い詰められるのだろうか?」と驚きと疑問を覚えました。
そして、『ただ、あなただけ』がグンヴォル・ホフモーとユダヤ人の「親友」についての物語だと知った時、答え探しのように本書を一気呵成に読みました。本書の紹介に移ります。
本書データ
原題:Du eneste (英題“You alone”)
作者:Hilde Hagerup(ヒルデ・ハーゲルプ) 出版社:Gyldendal
本書紹介サイト(英語):こちらから
出版年:2025年 192ページ 対象年齢: 13歳から。ただし大人の読者が多い。

Du eneste
作者について
1976年北ノルウェーのトロムソ出身。22歳で作家・翻訳家としてデビュー。主に児童書、YA文学を手がけている。作品は多数の言語に翻訳。
ヒルデ・ハーゲルプの祖母は、ノルウェー人ならば誰もが知る反戦詩を残した偉大な詩人であり、父も人気のある児童作家と“ハーゲルプ一ファミリー”は芸術一家として知られている。
エージェント作者サイト:こちらから

Hilde Haugerup
あらすじ
1938年ウィーン。ルッツ・マイエルはユダヤ人で17歳。父は他界、母と妹と立派なフラットから、狭くて暗い住宅へナチスによって強制移転をさせられていた。
ナチスへ怒りを覚えると同時に、彼らの暴力に怯える日々を過ごしている。4年後、ルッツは死ぬことになる。
グンヴォル・ホフモーは17歳。オスロの暗くて汚いアパートに母と姉兄と同居、父とは別居。ナチスやファシストたちの台頭に憤りを感じていた。
ナチスによるユダヤ人迫害が悪化し、ルッツの母と妹は英国へ亡命。18歳になったルッツにはその権利はない。母は必死でルッツの引き取り先を探し、ノルウェーの田舎の家族だけが受け入れを承諾した。1939年夏、ルッツの田舎暮らしが続く。短期間でノルウェー語を学び、ノルウェーを好きになろうと努力する。しかし、受け入れ先の家族は彼女に冷たい態度。ルッツはウィーンの大学へ進学するはずだった、と忸怩たる思い。同じ頃、グンヴォルは、自作の詩が不採用だったことを知らせる出版社からの手紙が届いた。
1940年4月9日、ドイツ軍がノルウェーへ侵攻した。グンヴォルの家族は避難する場所がなく、街中には監視の目を光らせる警察官がいた。グンヴォルの兄が妹に「勤労奉仕」を提案。グンヴォルは学校を卒業したが、貧しさゆえ大学への進学を諦めていた。勤労奉仕先は、ミョーサ湖近くのファイリング農園。そこにはペッテル、カーレン、ビョルグといった少女たちと集団生活を送る。
そんなある日、農園に新しい女の子がやって来た。薄暗い廊下に、小柄で眼鏡をかけた少女が歩いて来る。少女の声を聞いて、グンヴォルの体の中に期待と喜びが驚きとともに広がる。新入りの少女は「ルッツ」と名乗った。
ルッツとグンヴォルは農作業を通じて距離を縮めていく。
ルッツは、グンヴォルはシャイで、不快なことをしない、安らぎを与えてくれる、貴重な人だと感じ、惹かれていった。
ある冬の晴れた日、グンヴォルは唐突に、ルッツをスキーに誘う。ルッツは雪に埋もれてしまったグンヴォルを助けようとするが、結局、2人とも雪に埋もれ、笑い出す。グンヴォルの笑い声に惹かれるルッツ。ノルウェーに来て初めて、世界が突然、理不尽なものに崩れてしまう恐怖心を打ち明ける。ルッツが話し終えた時、二人は黙ったまま空を見つめている。ルッツは腕にグンヴォルの手が触れていることを感じた。
グンヴォルは自室にルッツを誘い、自分の詩を朗読した。「どう思う?」「とても素晴らしい」とルッツ。
ルッツが死ぬまであと2年。ルッツが生きられるまであと2年。
ファイリング農園に、ノルウェーで初めて出版されたレズビアン小説が届いた。グンヴォルは何年も前に図書館の片隅で読んでいた。ルッツは本を取り上げ、一節を読み上げる。「なぜ内なる叫びに闘いを起こさないのか?」
監視役のラグンヒルは小説を批判、グンヴォルは無言を貫くが、ルッツはラグンヒルに「これは共感についての物語だと思う」と反論をした。
グンヴォルがペッテルから「誰かに恋してる?相手は女の子?」と質問された。パニックになるグンヴォルだが、「彼女もあなたが好きだと思う」とペッテルは言った。カーレンの誕生日パーティで、ルッツとグンヴォルはダンスをした。その後、グンヴォルのベッドで静かに座る2人。優しく体を触れ合いながら、初めてのキスを交わす。
運命の人。
愛しい人。
ただ、あなただけ。
ノルウェーはナチスの傀儡政権が成立し、キスリング首相が誕生した。彼が農園近くで演説を行うことを知ったグンヴォルは、聞きに行こうと提案する。
ルッツはパニックになるが、「クソ野郎をこの目で確かめたい」とグンヴォルは説明。農園の少女たち4人で、集会所へ赴いた。キスリングはユダヤ人がノルウェーにとって脅威であることを話し始め、ルッツは恐怖で吐きそうになる。その時、グンヴォルは「もうたくさん!」と叫んだ。聴衆はナチスの信奉者ばかりなので、危険を感じた一同は会場を後にする。
だが、ナチス隊員たちが「どこからやって来た?」と尋問。みんなは名前と住所を言わされた。
ルッツは発音がおかしいと指摘されるが、ペッテルという少女が「労働奉仕からやって来た」と答えると、放免される。
ある日、農園にドイツ兵がやって来た。その夜、パニック状態のルッツは眠れなかったが、グンヴォルがやって来て慰める。翌日、グンヴォルはルッツを医者に連れて行き、医者はオスロの大病院の精神科に入院を決めた。
グンヴォルは一時的にオスロへ帰省し、ルッツの見舞いへ何度も足を運ぶ。ルッツは病室で絵を描き続けていた。
相変わらず汚く暗いアパートで暮らすグンヴォルの母は「ゲシュタポやスパイだらけ」と言い、隣人たちの密告に怯えていた。
退院をしたルッツはグンヴォルと新たな勤労奉仕で別の農園に赴くが、ルッツもグンヴォルもひどい扱いを受ける。ルッツのことを「(ユダヤ人の)血は争えない」と罵倒する言葉を耳にしたグンヴォルは、階段を駆け上がり、「ファシスト!裏切者!クソ野郎!」と叫んだ。
翌日、警官が農園にやって来た。女主人はグンヴォルを警官に突きだし、車に乗せられた。最終的にオスロの独房へと移送されるが、10日間の拘留後、釈放。だが刑務官から「お前には通報義務がある」と命じられる。「外国へ逃亡しようとしたら、お前の親が逮捕される」とも脅かされた。外には両親が待っていた。
その間、ルッツは不安な気持ちのまま農園にいた。ようやくグンヴォルから電話がかかってきて、2人はオスロで会うことに。
オスロの下町のカフェ。グンヴォルとルッツ、そして農園で一緒だった少女たちが再会を果たす。
ある日、カーレンの婚約者が操縦する飛行機が墜落、死亡。ルッツは彼の飛行機で英国に逃げる予定だったので失望が大きい。
カーレンを楽しませるために、ノルウェー野宿旅行をしようと少女たちは言い出し、一同は盛り上がる。
1941年夏。5人が無計画のまま国内旅行に出かける。
無料で泊まれる場所や仕事にもなかなかありつけなかった日が続き、ある農園にたどり着いた。ルッツが「仕事はないですか?」と尋ねた。
ドアを開けた農民は「消え失せろ!」と言い放ち、ルッツに唾を吐いた。ルッツも他の少女たちも激しいショックを受ける。
少女たちは電車でオスロに戻ることにするが、ルッツには帰る場所はない。グンヴォルは「私たちだけで旅を続けない?」と誘った。
2人はヒッチハイクに成功し、仕事をくれる農園にたどり着いた。さらにトロンハイムまでたどり着き、感激した。
「ずっとここにいるべきだと思う」ルッツは言い、グンヴォルにしばらくトロンハイムに滞在することを説き伏せた。
2人はトロンハイムでの暮らしを始めたが、そんな矢先、グンヴォルの父から手紙が届き、娘が長い留守の間、父が代理でドイツ軍治安警察に出向いたこと、そして帰って来るようにと書かれていた。
英国行きを諦めたルッツは「(中立国の)スウェーデンに行こう。国境には逃亡を手助けしてくれる人がいる」と提案。グンヴォルは「私はオスロの家に帰らないといけないの。」と反論した。
互いに叫び合う2人。「行かないと」「家に帰らないと」。
結局、2人はスウェーデンへの越境を助けてくれる人に出会えなかった。グンヴォルはオスロへ、ルッツは最初の田舎町へ戻るしかなかった。
互いに何か月も会わなかった。
ルッツは戦争が終わった後の世界を考えていた。良い社会を築こう、憎しみや拷問、戦争や兵士は存在しない。誰でも好きになることができる。人々はみな同じ価値を持ち、自分でいられる。部屋で絵を描き続けた。
1942年2月。オスロの街も通りも公園も空も全てがグレーだった。でも一番グレーだったのはグンヴォルの心だった。グンヴォルと母が住む貧しいアパートの部屋にルッツが待っていた。互いを離さないように強く抱き合う。部屋には2人だけ。一体何を話そう?ルッツは「ユダヤ人登録書」を持っていて、これを書いて投函すべきかグンヴォルに相談。グンヴォルは「大丈夫」と答えた。
1942年春。ルッツとグンヴォルは小さな仕事を得るが、ルッツは著名な彫刻家ヴィーゲランのモデルの仕事も引き受けた。
不本意だったが、金が必要だった。7月、2人はオスロの離島に行き、サマーハウスに滞在した。あと6か月間、ルッツはけんかをしたり、恋をすることができた。
1942年秋。2人は戦争が終わった後の話をする。ルッツはグンヴォルに「あなたは勉強して」を繰り返した。
「ルッツ・マイエル、愛している
誰かに言ってはだめ
でも、別にいい
世界中に言ってみて」
1942年11月26日早朝。警察車両がルッツのアパート前に止まった。彼女は拘束され「もう二度と戻って来ることはない」と言った。
それが起きた時、グンヴォルはその場にいたという説、後に伝言で知ったという説がある。
いずれにせよグンヴォルは波止場へ来て、警察官へ叫んだ。波止場に集まった人たちの写真が残っている。グンヴォル本人かわからないが似ている女性のシルエットが写されている。
ルッツが乗せられたユダヤ人収容船ドナウ号を見ていた。船はポーランドへ航行し、ルッツはアウシュビッツ強制収容所で殺され、灰となり、この世から消えた。
もしかしたら別の結末があったかもしれない。ルッツは逮捕されず、生き延びた。
彼女は芸術の勉強をして、展覧会を開催、メディアからも注目。グンヴォルと同棲をして、アメリカ旅行もする。年を重ねて、国営テレビで同性愛者の闘いについてインタビューされる。
だが違った。それは事実ではない。そんなことは起きなかった。
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毎度のことながら長くなってしまったので、PART2へ続きます!







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