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ノルウェーにおけるサーミ語教育とは?

ノルウェー語レッスンの先生として「役得だな~」と思うことはしばしばです。旅先からのお土産はよくいただきますし、また皆さんのいろいろなお話を聞けるだけでも勉強になります~。
そして、すごいものをいただいちゃいました!日本国際教育学会の紀要論文「ノルウェーの高等教育機関と先住民族教育-サーミ大学を事例として-」です。

筆者の田辺陽子さんはロンドン大学教育研究所に所属されています。アイヌ研究がご専門ですが、サーミ教育にもフィールドを広げたので、ノルウェーのトロムソ大学などに研究留学され、うちのノルウェー語レッスンを何度か受講して下さっています。帰国したばかりの田辺さんからこちらの論文ノートをいただいた時には「役得MAX!」と心の中でガッツポーズ。拝読しましたが、サーミ人やサーミ文化に興味がある人にはもちろん、ノルウェーという国がどのようにサーミ人と対峙しているのかがわかる貴重なもの。紹介をしますね。

全体を通して感じたのは「わかりやすさ」。素人の私でも読める内容にしてくれてありがたい。「はじめに」でサーミ人についての紹介があります。ノルウェー・スウェーデン・フィンランド、ロシアのコラ半島に住むサーミ人ですが、ノルウェーに最も多くのサーミ人が住み、ノルウェーにおけるサーミ人の権利復興運動についても触れています。サーミ大学について考察を深める前に、ノルウェーの高等教育機関の紹介もされているのがGod!例えば、ノルウェーのUniversitet(総合大学)とHøyskole(ユニバーシティ・カレッジ)の違いについて明確に定義していて、なるほど~と勉強になりました。さらにノルウェーの大学入学時の平均年齢が23歳、博士課程進学者33歳というデータも、なるほど~です。確かにノルウェーの大学の方が「いろんな人」がいますね。そしてサーミ人と高等教育について解説が続きます。

ノルウェーのサーミ人口は約4万人(ノルウェーの人口は約510万人)。サーミ人の高等教育進学率はノルウェー人と同じく男性より女性が高いそうですが、その理由はやはり興味深いですね。
映画『サーミの血』で描かれた過去のサーミ人差別でショックを受けた方は多いと思います。過去からの反省からでしょうか、ノルウェー政府がサーミ人学生及びサーミ語への優遇政策があるそうです。
1)ノルウェーの高等教育機関でサーミ語を学ぶ学生すべてに奨学金
2)トロムソ大学などにサーミ特別枠が存在→サーミ語能力が必須
サーミ系だからといって全ての人がサーミ語ができるわけではありません。サーミ語を「死んだ言葉」にしないためにも、ちゃんとお金を使っているところがノルウェーだな、と感じました。こうした優遇策は過去への贖罪だけではなく、現実的にサーミ語ができる人材をノルウェーが必要としている事情が言及されています。

北ノルウェーにサーミ大学が存在することは知っていましたが、田辺さんの説明を読むと「行ってみたい」と思っちゃいます。学士課程には、サーミ語とサーミ文学、トナカイ飼育、サーミ・ジャーナリズム、サーミの工芸、幼稚園教育養成・アシスタント養成、教員養成があり、修士課程には英語による「サーミ・ジャーナリズム」に世界各地の留学生がいること、また様々な短期コースがあること。全てが知らないことばかりで新鮮です!

サーミ大学(田辺陽子撮影)

・・・ただサーミ大学やサーミ語学習の全てが順調ではないようです、残念ですが。「定員割れ」に見られるような学生確保が切実な問題であり、その背景には「そもそもサーミ語で授業を受けるレベルに達している若者が北欧において絶対数として少ない」現実を筆者は挙げています。「少数言語のサーミ語」と安易に書きたくはありませんが、それでも・・・やはり・・・少数言語を守ることの難しさや限界を感じますね。サーミ語と同じく公用語のニーノシュクも使用人口は少ないですが、権利が認められている以上は、ノルウェーがお金と時間を使って維持しようとする姿勢は「愚直なまでな平等主義」。それが民主主義の根本なのでしょうか?
リサーチを行った田辺さんは、サーミ大学の現状を整理し、どのような道が望ましいかをまとめています。

あまりに楽観的かもしれませんが私なりの希望的な観測を。『サーミの血』は日本でも予想以上の反響でしたよね。全くサーミ人を知らない人があの映画を通じて、何からの興味を持ったかもしれない。サーミ語ってどんな言葉?ヨイクって?サーミ人って今でもあんなひどい扱いを受けているの??などなど。コンテンツの力は大きいのです。知識ゼロからのスタートでも、何かが変わるかもしれない。
・・・実は1992年、初めてのノルウェー旅行でサーミ人のキャンプを訪れるという体験をしていました。サーミ人って誰?状態での訪問でしたが、今でも体験は鮮明に覚えています。
ノルウェー政府やサーミ議会の今までの尽力が無にならないよう、サーミ語が「生きた言葉」として残ってくれるよう、「少数言語であるノルウェー語」従事者として切に願うばかりです!

補足:論文ノートの「注」に「サーミ語は語彙等で地域差が大きく、例えば北サーミ語話者と南サーミ語話者では理解しあうことができないと言われている」とあり、またもや発見です~。

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