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ノルウェー映画『ウトヤ島、7月22日』をより理解するために

エリック・ポッペ監督の作品に爆音は付きものです。
戦場カメラマンの葛藤を描いた『おやすみなさいを言いたくて』、ドイツ軍からの侵略に対抗するノルウェーの国王を描いた『ヒトラーに屈しなかった国王』、そしてノルウェー未曾有のテロ事件を描いた『ウトヤ島、7月22日』。監督自身が戦場カメラマンの経験があるからでしょうか、肉薄するような爆音が特徴的でした。『ウトヤ島、7月22日』で響く爆音は、攻撃する人間が分からない不気味さの象徴のように感じます。

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ところで皆さんは「ウトヤ島」(Utøya)と聞いてピンときますか?
東日本大震災と同じ2011年。7月22日に事件は起きました。まずオスロの政府庁舎で爆破事件が発生。「犯人はアルカイダ系?」といった推測まじりの速報が入ります。その後、労働党の青年部(AUF)のサマーキャンプが行われていたウトヤ島でテロ事件が発生。計77名もの命が奪われました。犯人はイスラム系ではなくノルウェー人のブレイビク(Anders Behring Breivik)たった一人の凶行だったのです。
ノーベル平和賞を授与し、世界的にも最も安定した国の一つノルウェーで、このような大量テロ事件が起きるとは・・・ノルウェーのみならず海外でも大きく報道されました。
私自身も「なぜノルウェーでこんな事件が?」と驚き、事件に関するノルウェーで出版されたノンフィクション本を何冊か読みました。犯人のブレイビクについてはもちろん、被害者たちにも非常に関心を抱きました。ですので、エリック・ポッペ監督がウトヤ島をテーマにした映画を作っているというニュースを読んで「日本でも公開されますように!」と願っていたら、嬉しいことに叶いました。

さらにさらにエリック・ポッペ監督が来日!松江哲明監督とのトークショー&試写会がノルウェー大使館にて開催され、参加することができました。エリック・ポッペ監督のトークショーはこちらのサイトで詳しくレポートされています。監督の誠実かつ熱いお人柄が伝わりました。

エリック・ポッペ監督と松江哲明監督

『ウトヤ島、7月22日』は被害者の一人、ヒロインのカヤの視点で描かれます。犯行時間と同じ72分間をワンカットで撮った映画と知り「そんなことできるの?」と驚きました。
音楽もナレーションもなく、まるで逃げ惑うカヤの状況に置かれている感覚になっていきました。
「世界一安全な場所」のウトヤ島で、次々と聞こえてくる爆音、訳がわからないまま逃げ惑う若者たち。ブレイビクの姿はカヤの視点を通して少ししか映りません。
逃げるべきか、隠れるべきか?倒れている人を助けるべきか、逃げるべきか・・・一瞬で究極の選択を迫られる場面が続き、仲間うちでも意見の対立が生じます。監督が「生存者のインタビューで共通して語られたのは”72分間は永遠に感じた”」という言葉に納得しました。

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さて。ノルウェーのことをあまり知らない方が映画を理解するための補足説明をしますね。
まずブレイビクが犯行日時を7月22日(金)午後に選んだのは「国中が夏休みだから」だということ。7月のノルウェーはバカンス真っ最中。しかも金曜の午後は普段でも早く帰る人が多いのです。ウトヤ島で警察がなかなか駆けつけないのは「警察も夏休み状態だったから」に尽きます。
また当日は小雨まじりの寒い日でした。ウトヤ島を囲む海の水温は低く、対岸まで泳ごうとしても溺死してしまった被害者が多かったのです。天気までがブレイビクに味方したかのようです。

「政党の青年部」なるものに疑問を持たれる方もいるでしょう。事件当時「なぜあの若者たちは政治グループに参加していたのですか?」と質問された記憶があります。
18歳から選挙権があり、高校では模擬選挙が行われるノルウェー。政治に関心を持つことは特別なことではなく、若い国会議員が多いノルウェーでは「政治家になる」という夢も、日本ほど突飛には聞こえません。労働党の青年部は、移民や難民、LGBTなど多様なバックグランドを持つ若者たちが所属。その多様性こそがノルウェー的なのですが、多様性に富んだ社会を憎むブレイビクのターゲットにされてしまったのです。

オスロ追悼施設に展示された報道写真

ウトヤ島のサマーキャンプは、労働党の大物政治家たちが気軽に参加して、講演や対話集会を行ってきました。ブレイビクの真のターゲットは労働党所属でノルウェー初の女性首相だったグロー・ハーレム・ブルントラン(Gro Harlem Bruntland)。80年代から90年代にかけて、先駆的な男女平等政策を実行し、女性政治家を多く誕生させる立役者でした。
ブレイビクは「反イスラム主義者」として語られることが多いですが、女性憎悪の傾向も強くブルントランの暗殺を企てたのです(ブルントランは犯行時間前に島を去っていて、助かります)。
旧ブログや過去のサロンで事件をテーマにしています。ぜひご一読下さい。
http://norwayyumenet.noor.jp/2015/10/14/8766/
http://norwayyumenet.noor.jp/2014/12/17/6132/
http://norwayyumenet.noor.jp/hp/info/kouzaannai2014/salongreport67.htm
さらにNetflixで配信されている”22July”は、事件の全貌を描いた素晴らしい作品です(セリフは英語ですが)。

劇中、カヤは”Du må ikke sove!“「眠ってはいけない!」と叫びます。このセリフと同じノルウェーを代表する詩があります。
アルヌルフ・ウーヴェルランArnulf Øverlandという詩人が1937年に発表しました。こちらからテキストが読めます。内容は、当時の欧州で台頭しつつあるナチズムと人々の無関心へ警鐘を鳴らすものでした。
エリック・ポッペ監督は映画制作の背景として「インターネットで横行してきたヘイトスピーチを我々が見過ごしてきたということ。そしてそれらは、ネット空間だけではなく政治の世界にも浸透している」を挙げていました。ヨーロッパだけではなく、他の地域でも散見される排外主義的な動きに対して、私たちが”Du må ikke sove!”と迫られた感のある映画でした。

もう一度観たいので、劇場に足を運びたいと思います。ぜひ、皆さんも稀有な映画体験をしませんか?
『ウトヤ島、7月22日』は3月8日より東京・ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国でロードショー。

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サイト「映画ナタリー」でエリック・ポッペ監督と『カメラを止めるな!』の上田慎一郎監督の対談が掲載されています。日ノル「ワンカット」監督同士のお話はとても興味深いです!
https://natalie.mu/eiga/pp/utoya-0722

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