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ノルウェー絵本で描かれたDV

新型コロナウイルスの影響は甚大です。中でも「DVが増えている」というニュースを聞くと、やりきれない思いになります。
日本語版刊行に携わったノルウェー絵本『パパと怒り鬼ー話してごらん、だれかにー』(グロー・ダーレ作、スヴァイン・ニーフース絵、大島かおり・青木順子訳、ひさかたチャイルド、2011年)は、「DVを絵本で描いた異色作」です。今こそ必要な人に届いてほしいので、改めてご紹介しましょう。

パパと怒り鬼ー話してごらん、だれかにー

作者のグロー・ダーレさん(Gro Dahle)さんの描く絵本は、DV、ネグレクト、離婚した親を持つ子どもの苦しみ、子どもとアダルトサイト、家族からの性的虐待など絵本のイメージと離れた社会的なテーマが目立ちます。これだけでもユニークですが、さらにユニークなのは、ノルウェーの様々な団体がグローさんに「絵本を描いてほしい」と依頼し、作品化したことです。日本でこのような絵本は珍しいのではないでしょうか?

グロー・ダーレさん(2012年)

『パパと怒り鬼』はノルウェーのATV(Altanativ vold)というDV防止活動団体のカウンセラーØyvind Aschjemさんが「DVをテーマにした絵本を描いてほしい」とグロー・ダーレさんに依頼して誕生しました(ノルウェー語版の出版は2003年)。
ATVは1987年にオスロで設立され、ヨーロッパ初の「DV加害者男性の更生プログラム」導入した団体です。そんなに早い段階で、加害者更生という視点があったのかと驚きますね!
DV専門家のØyvindさんが監修をしているせいでしょうか、子どもの面前でママに暴力をふるうパパを描写するテキストもイラストも緊張感と迫力に満ちています。

主人公ボイ

「DVをテーマにした絵本」と聞くと、少なくともハッピーでヒュッゲなイメージはないですよね。
でも本書には、前向きなメッセージがあります。

1.DVを体験した子どもは、家で起きていることを誰かに話す権利がある
2.加害者が変わる可能性を暗喩していること

『パパと怒り鬼』では両親と暮らすボイという少年が主人公です。平和な暮らしですが、ふとした瞬間、パパは怒りをおさえられません。そしてママへ暴力をふるい、ボイもまた傷つきます。パパにおびえながら「自分のせいなの?」とボイは自分を責めていました。そんなある日、周りの励ましを受けて、王様に「パパはなぐります。ぼくのせいでしょうか?」と手紙を送ります。すると、王様がボイの家を訪れて、パパに王様の城で暮らすように命じます。パパは自らの行為を見つめ直し、段々と怒りが消えていきました。ボイは、すっかり穏やかになったパパとママと平和な暮らしを夢見て、物語は終わります。

こんな風に王様が出てきて「めでたしめでたし」となると、ファンタジーのように感じますが、実はØyvindさん自身の体験に基づくものなのです。
Øyvindさんは、DV家庭で育つ子どもたちを対象にしたカウンセリングも行っていました。そこで出会った子どもが「自分の父親におびえる子がいることを王様に知って欲しい、王様に手紙を書いてみたい」と言い出し、実行しました。投函から1週間後、ハーラル国王から招待が届き、Øyvindさんと6人の子どもたちが王宮に招かれました。子どもたちと話をした国王は「君たちのせいではない」と直接、告げます。また絵本は短編アニメーション映画化され(邦題『アングリーマン』)、鑑賞された国王は「子どもたちは主人公の少年のように、誰かに話す権利がある。子どもたちが家の中でおびえるようなことは、決してあってはならない」とメッセージを発表しました。
ノルウェー王室がいかに「国民と近い」のかを示すエピソードですね。

駆けつけた王様

DV被害者支援も十分でない現在の日本で、加害者更生まで手が回らないと感じるかもしれません。
ただ今回のコロナのように、震災や自然災害、経済不況、様々な社会不安は今後も続くでしょう。その度ごとにDVは増加する可能性があります。
『パパと怒り鬼』で解説を執筆された原宿カウンセリングセンター所長の信田さよ子さんは「加害者が変わることが、最大の被害者支援になる」と断言されています。巻末のØyvind Aschjemさんと信田さよ子さんの解説は、何度読んでも素晴らしい!と感じます。またお二人を招いての講演会は、ノルウェー大使館の多大なご協力により実現しました。2011年秋、オーロラホールに東ちづるさんやマスコミの方々、そしてたくさんの方が集まって下さり、忘れられない夜になりました。

信田さん、Øyvindさん、東さん@ノルウェー大使館

コロナウイルスの影響で「家にいましょう」と盛んに注意喚起をされています。でもその家が安全ではなかったら?
何とか、必要な人に届いてほしい1冊です!

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